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突然ですが・・・!! [挨拶]

このブログを閉鎖し、楽天広場(http://plaza.rakuten.co.jp/yoca42)に統合する事に致しました。
短い間でしたが御愛読有難う御座いました。m(_ _"m)ペコリ


ドミニカ共和国に住んでいた時の事 [時事]

暫く前に、毎日新聞の「みんなの広場」欄に、シュレスタ・スガンダしゃんと言うネパール人の方の投稿が有った。彼(女)の言うには、「一番気になることは警察官からいつもにらまれることだ。」との事。
翻って、σ(=^‥^=)アタシがドミニカに住んでいた時の事を振り返ると、確かに人々に「チーナ!」(中国人!)と言われはしたが、殆ど親切にして貰った。中でも忘れられニャいのは、見ず知らずの日本人を、自分の家の離れに泊めてくれたネリーの事だ(この事について、詳細は「nyaoとYocaのホームページ」(http://www1.neweb.ne.jp/wb/nyao1/)の中の「アボカド通信(14)」を読んで下さい)。
σ(=^‥^=)アタシは、日本に帰ったら絶対外国人に親切にしようと誓った。
だから、スガンダしゃんの様な経験談を聞くと、悲しく思う。
皆しゃん、もっと外国人に親切にしましょう!!


記事が前後してしまいましたが・・・(汗) [野球]

又もやオリックスの話題です。
3月4日のスポニチによると、「スカイマークスタジアム(前ヤフーBBスタジアム)での初試合となったオリックス―ロッテ戦の観衆はわずか871人。観衆の実数発表を採用した今春では最低の数字となった。」との事。
パ・リーグのオープン戦とは言え、余りに寂しいニャ~。
・・・と言いつつ、未だ生まれて一度も生でプロ野球を見た事の無いアタシニャのでした・・・。


オリックス、吉本と提携!! [野球]

続いてオリックスの話題です。
古い記事ニャのですが、3月8日の毎日新聞に、以下の様な記事が出てました。
プロ野球のオリックスと吉本興業は7日、1日から1年間の契約で業務提携したと発表した。」
「具体的な活動内容は今後、詰めるが、仰木彬監督や選手の吉本新喜劇出演▽球場に同社のタレントが座る「吉本シート」を設けて集客▽同社製作の映画に選手らが出演▽グッズの共同開発や双方の窓口で試合や新喜劇などのチケットを販売―などが検討されている。」
「仰木監督は『吉本の元気なタレントと見分けがつかないくらいの明るさを、うちの選手が持ってくれたらいい』と歓迎。」
だそ~です。
こ~ゆ~楽しい企画は大歓迎!!


σ(=^‥^=)アタシがオリックスファンになった訳・・・ [野球]

あれは、15年程前だったと思います。
パ・リーグで、最後まで近鉄と西武が優勝争いをしていましたが、惜しいところで近鉄が敗れました。
その時、近鉄の監督をしていたのが、今オリックス・バファローズの監督をしていて、「オリックス・ブルーウェーブ」時代にはイチローを見出した、仰木彬監督です。
話は戻りますが、西武に負けた時、恨み言を全く言わず、「最後まで選手が頑張ってくれました」という様なコメント(うろ覚え・・・)をしていました。
其れを聞いたσ(=^‥^=)アタシは、「なんてカッコイイんだ!!」と思ったのです。
其れからずっと、仰木監督のファンです。ダンディだし!
今でも、負けてもグジグジ言う事は無い様です。
オリックス・ブレーブス、Fight!!(o^-^)尸~''☆ミ☆ミ


佐々木初セーブにゃ! [野球]

昨日の野球、佐々木主浩投手が今期初セーブをあげたそうです。
かつては「ハマの大魔人」と恐れられ、その後アメリカに渡ってマリナーズでも活躍してたのに、いつの間にか帰国してて、奥さんとも離婚しちゃって、しかも悪女?榎本加奈子と交際・・・と最近は野球での活躍があまり聞かれニャかっただけに、嬉しいのニャ。
あ、別にσ(=^‥^=)アタシはハマファンって訳ぢゃありません。アタシは何を隠そうオリックスファンです!この事については又今度書きます。


受洗したニャ!! [キリスト教]

今日はイースター。そしてアタシは、念願の洗礼を受ける事が出来ました。たまごクリスチャンからひよこクリスチャンに昇格(?)です。わーいわーい。


赤勝て白勝て! [時事]

今話題の、ホリエモンVSフジテレビ・ニッポン放送軍団。
σ(=^‥^=)アタシは、若くして(アタシより若い!!)積極的なホリエモンも応援したい。
でも、フジテレビやニッポン放送の気持ちも判らないでもない。
ここに来て、孫しゃんが出て来ちゃったりして、どうニャるんでしょう?
うまく話が纏まる事を期待する。


小泉孝太郎君は・・・

何処行ったんだ???


自己紹介 [挨拶]

取り敢えず自己紹介でも・・・。
東京都八王子市(←都民には東京だと認めて貰えない)出身。
家から出たくて仕方が無かった。
18歳の春(1990年)、念願叶って札幌大学に合格。津軽海峡を越える。
大学ではボート部。極かった。でも楽しかった。
この頃から、気分循環症の片鱗が現れる。
1994年、農業改良普及員として北海道庁に採用されて、鵡川町(むかわちょう)に引越。
1998年、青年海外協力隊に合格して、ドミニカ共和国(http://www.geocities.jp/jocvunv/)に赴任。
2000年、無事???帰国。
2001年、上司からのプレッシャーや、仕事量の多さで、ダウン。「抑鬱状態」と診断され、2ヶ月入院
入院中、躁転した事により、躁鬱病だった事が判明。
2002年12月、退職&同棲@埼玉県北本市。
2003年8月31日、入籍
2004年1月、夫が体調不良の為、退職。
2004年11月20日、夫の再就職により、群馬県富岡市に引越。
現在に至る。

といったところです。
σ(=^‥^=)アタシの躁鬱病は、殆ど躁が出ず、ずっと鬱です(双極性障害II型と言います)。
でも、最近は激鬱が少なくなり、軽い鬱が続いてます。
こんなアタシですが、宜しくお願いします。

画像は我が家の娘、「あんず」です。


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